アンチクロックワイズ・
ワンダーランド

渋谷のいつもの喫茶店、混ざり物のウイスキィを傾けようかという陰鬱な佇まいのそこに、日が暮れた頃に集まって、ああでもないこうでもないと語り合わしてからそろそろ2年が過ぎようというところ、千杯目の珈琲を目前にした私が、このままでは家族が心配するかもしれない、などと言い出したものだから、NもDも凄まじい剣幕で私をなじった。私はティースプーンなどを投げつけられながら、だったら貴様らはどうなんだと、持ち前の蛙のようなギョロ目で睨みつけると、連中、スプーンやら布切れなどを放るのをやめて、Nはべそをかいて寝袋に包まり込んでしまい、Dはしかめ面で夜天の星を数えて指で繋ぎ始めた。私も、既に一体いくつなのかもわからない女給仕に、千杯目の珈琲を頼み、「人生の意味、世界の意味ーこれを神と名付けてもいい」という遠い国の数学者の言葉を呟くと、寝袋の中でNが「神は不在だ」と溜め息のように漏らした。無限のように感じられる沈黙の中、千杯目の珈琲はいつまで経っても来なかった。と、星を繋いでいたDが立ち上がり、「しかし、ともするとそう難しくもないのかもしれない」と、いつの間にやら手にしていたラヴェンダー色のステッキをかざして回すと、空っぽの珈琲カップを押しのけるように古ぼけた漆黒の箱が現れた。Dは箱から恐ろしく大きなハサミを取り出すと、私の着ていた水玉の素敵なシャツをじょきじょきとやり出した。「やめたまい」と言い終わる頃にはすっかり切り終わって、針と糸でちくちくやり出した。「何をしておるのかね」とN。「人間を創っているのさ」とD。「布で人間は作れんよ」と言ったまま私は黙り込む。そんなことは誰にもわからない。ちくちくという音がする。私もNもその辺りの布をなんとなくじょきじょきし始めると、女給仕が、香ばしい匂いを漂わせて、千杯目の珈琲を運んで来た。 

【作・演出】
長塚圭史
【出演】
池田鉄洋 内田亜希子 加納幸和 小島聖
伊達暁 中山祐一朗 馬渕英俚可 光石研
村岡希美 山内圭哉 
●東京公演:本多劇場 2010.1.21-2.14

●広島公演:アステールプラザ大ホール
2010.2.16
 
●福岡公演:ももちパレス 2010.2.18-19


●大阪公演:シアター・ドラマシティ
2010.2.23-24
 
●札幌公演:道新ホール 2010.2.27-28
 
●新潟公演:りゅーとぴあ劇場
2010.3.03-04
 
●名古屋公演:愛知県勤労会館 2010.3.06

 

 

 
■あらすじ
思わぬ事件に巻き込まれ、見知らぬ女と 
夜の街へ逃走してゆく或る作家。 
そこで作家が出会う人物たちは、知っているようで 
知らないが、知らないようで知っている。 
彼らと出会ったのは、自らが描いた物語の世界の中で、 
ではなかったか。それとも昨日、古本屋ですれ違ったのか。 
今夜どこまでが現実で、どこからが幻想なのか。 
気がつけば作家は取調室にいた。 
この恐ろしい尋問は一体作家をどこへと導くのか。